東京都中小企業振興公社

no.236

江戸切子の既成概念を打ち破りつつ伝統を守る

作品のベースには、日本最高峰の美しさとされるカガミクリスタル社製のガラス生地を採用。「透明なガラスと色ガラスが四層に重なり合った生地などを使うことで、複雑で深みのある表現が可能になりました」(代表取締役・鍋谷淳一氏)

作品のベースには、日本最高峰の美しさとされるカガミクリスタル社製のガラス生地を採用。「透明なガラスと色ガラスが四層に重なり合った生地などを使うことで、複雑で深みのある表現が可能になりました」(代表取締役・鍋谷淳一氏)

異色の江戸切子作品が海外でも人気に

 鍋谷グラス工芸社は1949年創業の江戸切子工房。3代目社長で伝統工芸士でもある鍋谷淳一氏は、従来からの発想にとらわれない作家として知られる。
「伝統的な江戸切子は薄いガラスに繊細な文様が刻まれた作品が主流で、どちらかというと女性に好まれます。でも私は、厚くて重くてゴツゴツした、男性が使いやすいロックグラスがほしかったのです。そこで生み出したのが、厚いガラスに深いカットを施した『男のロック』でした。中には否定的な反応もありましたが、大部分の人は『江戸切子でこんな表現ができるのか!』
と褒めてくれました。中でも、江戸切子に先入観を持たない外国人からは大反響があり、今ではこの商品の8~9割を海外のお客様が購入しています」(淳一氏)

「東京手仕事」が新たな縁と仕事を生んだ

 淳一氏と息子の海斗氏は2022年、東京の伝統工芸品を国内外に発信するプロジェクト「東京手仕事(4ページ参照)」に参加した。さらに2025年には、海斗氏が単独で再参加。これにより、多くの人・企業との縁が生まれた。
「東京手仕事で展示会や催事に参加したり、2025年の東京手仕事に向けて製作した『CHOCIN GLASS(提灯グラス)』がテレビなどで取り上げられたりしたおかげで、当社の知名度はかなり高まったと感じます。当然、売上げには良い影響が出ました。そして何より、私たちに興味を持っていただける方を増やせたことがありがたかったです」(海斗氏)
 その象徴が、あの大谷翔平選手とのコラボ作品『大谷翔平×江戸切子 ロックグラス』(右ページ写真)だろう。公社の支援で百貨店に展示していた作品が、ある企業の目にとまったのが縁で、コラボ化が実現。同作品はMLB公式ライセンス商品にも選ばれ、40万円近い価格にも関わらず、300個限定の商品があっという間に完売した。鍋谷グラス工芸社の名前は、さらに大きく響き渡った。

淳一氏(写真左)は豪快で重厚感のあるカットが持ち味。一方、海斗氏(写真右)は繊細で優雅な作風が特徴で、親子でも個性は大きく異なる

淳一氏(写真左)は豪快で重厚感のあるカットが持ち味。一方、海斗氏(写真右)は繊細で優雅な作風が特徴で、親子でも個性は大きく異なる

『大谷翔平×江戸切子 ロックグラス』は、所属チームドジャースのイメージカラーである青をモチーフにし、背番号の「17」が浮き出るデザイン

『大谷翔平×江戸切子 ロックグラス』は、所属チームドジャースのイメージカラーである青をモチーフにし、背番号の「17」が浮き出るデザイン

公社専門家の支援でサイト刷新などを実現

 国内外からの引き合いが増える中で浮かび上がったのが、EC活用やブランド力強化という課題だった。しかし鍋谷氏らの本業はものづくりで、独力でウェブサイト拡充などを進める余裕はなかった。そこで利用したのが、公社の「職人ステップアップ事業」。これは、公社派遣の専門家が企業を最大10回にわたって訪問し、各社が抱える課題の解決を支援する仕組みだ。
「サイトの刷新や英語版ページの開設はもちろん、在庫管理や補助金の申請など、幅広い面でお知恵をいただきました。私は職人で、ウェブやマーケティングの知識は不十分でしたから、専門家の方が基礎から教えてくれて本当に助かりました。
 当社では近い将来、父から私にバトンタッチが行われる予定です。その際にも、事業計画や社内制度の整備、海外での知的財産保護などの面で、公社には引き続き助けていただきたいと思います」(海斗氏)

消費者に選ばれ続けることで伝統を守る

 淳一氏も海斗氏も、新たなスタイルを取り入れる作り手だ。前述の通り、『男のロック』は斬新さが高く評価された作品。また、新素材・新技術の導入や他分野のデザイナーとのコラボレーションなどを積極的に進め、顧客の想像を超える作品を生み出そうとしている。
「これまで続いてきた伝統は素晴らしいものです。ただし、どんな伝統工芸でも消費者に選ばれなければ存続できません。ですから、自分たちの文化や価値観を押しつけるのではなく、お客様の好みを模索し、その実現に向けて努力することが大切。また、ネットなどを使って自分たちの価値を多くの人に伝えることも必要でしょう。その結果、江戸切子の技術や文化が未来に続いていけばいいと、私は考えています。
 今は加工器具の性能も高まっていますし、新たなガラス生地も登場しています。それらを活用して表現の幅を広げ、自分たちもワクワクしながらお客様に喜んでいただければ嬉しいですね」(淳一氏)

令和7年度東京都優秀技能者(東京マイスター)を受賞

 東京都は、都内に勤務する技能者のうち、極めて優れた技能を持ち、他の技能者の模範と認められる方々を東京都優秀技能者(東京マイスター)として東京都知事賞を贈呈しています。
 受賞した鍋谷淳一氏は、その技能の高さと江戸切子の認知度向上や後継者育成への力を惜しまない取組を通じて、業界の発展に寄与していることが高く評価されています。

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