東京都中小企業振興公社

no.211

職人をまとめ、尊重して魅力的な江戸木版画を生み出す

若手の摺師(すりし)を指導する高橋由貴子氏。「職人さんにはまず、江戸時代から継承されてきた彫りや摺りの技を、最低10年は学ぶよう伝えます。そこに、すべての基礎があるからです。その上で私が版元として求める難しい要望にも応えてもらうので、周りからはよく『無茶ぶりの高橋』と言われます(笑)」

江戸木版画を盛り上げるプロデューサー役

 高橋工房は江戸木版画を手掛ける工房で、安政年間(1854~1860年)に創業された。江戸木版画は下絵を描く「絵師」、版木に絵を彫る「彫師」、版木を紙にすって仕上げる「摺師」の分業で作られるが、創業当時は摺師だった高橋工房は、4代目からは「版元」も兼ねていると6代目の高橋由貴子氏は説明する。
「版元とはニーズをキャッチして企画を立て、絵師・彫師・摺師を束ねて作品づくりを主導するプロデューサーです。父・春正から『どんなに優れた職人さんがいても、まとめ役がいなければ業界は廃れる。だからお前が版元を務めなさい』と促され、私はこの道に進もうと決意しました」(高橋氏)
 高橋工房が生み出す作品は、葛飾北斎や歌川広重といった浮世絵の復刻作品から、現代アートの要素を取り入れたものまで実に多彩。建築家・隈研吾氏とのコラボ作品や、不二家のマスコットキャラクター「ペコちゃん」の版画も手掛ける。伝統に加え、企業や他業界のプロと協力しながら新たな価値を創造していくのが、版元・高橋氏の流儀なのだ。

現場を学びつつ、現場と適切な距離を取る

 高橋氏は版元としての力を磨くため、家業である摺りはもちろん、彫りなどの仕事も幅広く学んだ。「現場で行われていることを知らなければ版元は務まりませんから、私は若い頃からさまざまな勉強をさせてもらいました。一方、父からは『職人の道は極めるな』とも言われていたのです。職人さんの苦労がわかるとつい、『大変だろうから、そのくらいの出来映えでいいよ』と妥協してしまう。それでは、最高の作品を生み出せないという教えだったのでしょう。
 私はまた、『引き出しを増やす訓練』をよくしたものです。学生の頃から土日は美術館をハシゴして良いモノを見極める目を養いました。また、作品がどう飾られるか想像できるようになるため、表具屋さんで勉強したこともあります」(高橋氏)
 こうした考え方は、他業界でも参考になるだろう。経営層は現場について幅広い知識を持たなければならないが、現場に没入しすぎず、適切な距離を取る必要がある。また、さまざまな場で見聞を広げることが、幅広いアイデアにつながるというわけだ。

歌川広重の東海道五十三次(上写真)をはじめとする組合で制作した復刻作品。山桜の版木に彫り、越前生漉奉書紙に摺っている

「下働き」が若手の実力を伸ばす

 1944年生まれの高橋氏にとって、後継者の育成も重要な役割だ。その際に大事にしているのは意外にも、若手に「下働き」を経験させることだという。「この業界は分業制で、次工程を担当する人に気持ちよくバトンタッチしないと良い作品はできません。その点、下働きをすると
上の人が何を考えどんな準備をされると仕事がやりやすいか学べます。また、先輩の仕事ぶりをつぶさに見られるのも利点です」(高橋氏)
 一方、やるべき仕事と利益を出す仕事のバランスを取ることも大切だと高橋さんは考えている。「業界全体を盛り上げ、職人さんの生活が成り立つようにするためには、売れるものを作ることが重要。でもそれだけではなく、自分の興味のある仕事やこの工房が手掛けるべき仕事も大事なのですが、なかなか思うようにはいきません」(高橋氏)

バレンの摺り方や絵の具の載せ方を微妙に変えたり、数多くの版を重ねたりすることで繊細な表現を行い、独特の風合いを出していく

伝統工芸品産業等振興事業などを利用

 高橋工房と公社との付き合いは20年ほど前にさかのぼる。日本の工芸品を成田空港に展示する企画が公社で立ち上がり、高橋氏に声がかかったのだ。
「その時に知り合った公社の方から勧められ、助成金を利用したのが始まりでした。最近では、伝統工芸品産業等振興事業や知財相談などのサービスを利用しています。また2022年には、東京の伝統工芸品を国内外に発信する『東京手仕事』にも選ばれました。
 公社ではとても幅広いサービスを展開していて、私たち中小企業にとっては非常にありがたい存在ですね。今は、後継者育成を支援する制度に興味を持っているところです」(高橋氏)

利用事業 : 伝統工芸品産業等振興事業

 市場開拓や後継者育成を支援するとともに、産地組合等の団体支援等を通じ、東京都伝統工芸品産業の発展を支援する各種事業を実施しています。

「東京手仕事」プロジェクト

 東京の伝統工芸品産業が時代の変化に対応し、次世代へ技術・技能を伝承していくために「商品開発プロジェクト」及び「普及促進プロジェクト」を展開し、総合的に支援しています。

お問い合わせ
城東支社 
TEL:03-5648-6606
https://www.tokyo-kosha.or.jp/support/shien/dento/index.html

バックナンバーを見る