東京都中小企業振興公社

no.183

プロから家庭の食卓まで 若い力とSNSで販路開拓

一般的に酢は、原料の米などからお酒を造り、さらに酢酸発酵をする液体発酵法であるが、横井醸造工業では、その他にも究極の濃厚な酢を造るため、原料をもろみのまま発酵する固体発酵法を用い、非常に濃厚で味わい深い黒酢も造っている。

江戸前寿司職人に愛され続ける食酢メーカー

 横井醸造工業は1937年創業の老舗企業。都内で唯一の食酢メーカーとされ、「ヨコ井の酢」は多くの江戸前寿司職人に知られている。昨年10月には、高品質で安全な商品を提供し続けていることや、工場見学や就業体験受け入れなどを通じて地域の産業振興に貢献していることなどが評価され、東京都中小企業振興公社の「功労賞」にも選ばれている。
 同社のお酢が長くプロから評価されている理由は、独特の濃い味わいにあると、代表取締役社長の横井太郎氏は語る。
「江戸前寿司が流行り始めた当時、冷蔵設備など無かったため、ネタを長持ちさせるためと江戸前の魚をさらに美味しくするために「漬け」、「酢〆」、「煮物」などの調理(仕事)をしていました。そういったしっかりと仕事をしたネタと釣り合うためには、シャリ(酢飯)も味がしっかりしていなければダメ。また江戸っ子は伝統的に味わい深い濃厚な味が好みです。そこで当社は創業以来、濃厚でコクと旨みがたっぷりの赤酢造りにこだわっています」(横井氏)
 同社の顧客は関西、九州、そして海外にも広がっているが、地域によって味を変えたりはしない。「日本一濃く味わい深いお酢で勝負する」ことが、横井醸造工業が愚直に守る経営方針なのだ。

女性社員が手がけたイラストが人気に。SNSでは、ネットに詳しい若手に大きな裁量を与える方が大きな効果を出しやすいのかもしれない

SNSで新たな顧客層にアプローチ

 以前は売り上げのほとんどがBtoBだったという横井醸造工業。10年ほど前、一般消費者を対象にしたオンラインショップを開設したが、売り上げは伸びていなかった。そうした中、コロナ禍で飲食店の売り上げが激減して同社にも大きな影響が出た。そこで浮上したのが、巣ごもり需要増加の波に乗ってBtoCの売り上げを増やすため、SNSに力を入れる道だ。
「若手社員からインスタグラムを使おうと提案され、すぐに採用。最初は週3回以上とノルマを定め、お酢を使ったレシピや当社製品の紹介をしたり、取引先のお店で酢がどう使われているのかレポートしたりしました。開設から1年半後の今、フォロワーは2,000人を超えるまでになりました」(横井氏)
 幸運だったのは、社内にプロ並みのイラストが描ける女性社員がいたことだ。彼女に4コマ漫画を描いてもらったところ、大きな反応があった。ウェブサイトのアクセスデータを解析すると、イラスト投稿からの流入率が高いという。
「それまで当社とは縁遠かった層の方にアプローチでき、さらに、プロとは別の角度から商品に対するご要望を寄せていただいたのは、SNSの効果でしたね」(横井氏)
 現在は、寿司店などの店頭に自社商品を置くといった取り組みを進めるなど、デジタルとリアルの両面で一般消費者を取り込もうと努力中。中期的には、BtoC向けの売り上げを3割程度まで増やしたいと考えているそうだ。

ボトムアップとトップダウンの併用が大切

 同社では毎日朝礼を行うなど、社内コミュニケーションを重視している。そうした社風が、SNSに関する取り組みで若手からの活発な提案を導いたのだろう。だが、ボトムアップだけでは会社は回らないというのが横井氏の意見だ。
「経営者がリーダーシップを発揮しなければ、コロナ禍のような緊急事態は切り抜けられません。結局、ボトムアップとトップダウンに優劣はないのです。状況に応じて部下の意見を大胆に取り入れたり、自ら陣頭指揮をとって皆を引っ張ったりする、その使い分けが大事だと私は考えます」(横井氏)
 同社は以前から海外進出を強化しているが、ここでもフェイストゥフェイスのやりとりを大事にしているそうだ。
「自分たちの商品を自分たちの手で届けるのが、当社のポリシーです。それは海外でも同じ。互いに顔を合わせてお酢の正しい使い方を説明し、同時に現地のニーズをきちんと勉強することが、当社の商品力を支えているのです」(横井氏)

海外出張する際には、熟成の各段階のサンプルを持参。酢の原料の香りや色を、顧客の五感で確かめてもらうことを大切にしている

次世代リーダー育成事業で早めの「経営人材」育成に取り組む

 横井醸造工業は、次世代リーダー育成を目指した公社の人材育成講座「経営人財NEXT20」に、2人の幹部社員を参加させた。さらに、横井氏の後継予定者が「事業承継塾」を受講している。
「社会が複雑化する中、今後は社長1人で会社を切り盛りするのが難しくなるはず。そこでサポート役を育てるため、経営人財NEXT20を利用しました。また、早めに若い後継者を育てておけば今後の会社のイノベーションに取り組みやすいと思ったのが、事業承継塾参加の動機です。彼らはこれらに参加したことで俯瞰的、大局的にものの見方ができるようになり、人材育成面でも大きな効果がありました」(横井氏)

利用事業:経営人財NEXT20

約1年間の講座・ワークショップ・個別支援の3ステップを通じ、経営者と同じ思考力や判断力を持つ次世代リーダー育成プログラムです。
お問い合わせ 企業人材支援課
TEL 03-3251-7904
https://www.tokyo-kosha.or.jp/support/shien/keieijinzai/index.html

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