東京都中小企業振興公社

no.190

営業職0人 アナログで掴む顧客の心

2枚のガラスを接着する際、気泡を入れず美しく仕上げる技術は西尾硝子鏡工業所の誇りだ。こうしたノウハウを次世代に伝承するため、都知事認定「東京マイスター」を受賞した代表取締役の西尾智之氏(写真右)は、ベテランの職人が中堅と若手社員を指導する「1技術3人体制」を敷いている

技術力と提案力で美しいガラス製品を創出

 西尾硝子鏡工業所は、商業施設などで使われるガラス製インテリアや鏡などの加工を行う企業だ。ホテルのラウンジを華やかに飾るガラスのパーティション、高級な宝飾品などを美しく演出するショーケースなど、同社が手がけた製品は多くの有名施設で利用されている。
「業界全体の成長が頭打ちになっていたところにリーマン・ショックが訪れ、当社の収益が大きく悪化したとき、私は社員たちと企業の方向性について激論を交わしました。そこで出た結論が、『他社が嫌がるような難しい仕事に、あえて挑戦しよう』というものだったのです」(代表取締役 西尾智之氏)
 今は鏡のリサイクルにも挑戦している。ガラスに銀・銅・保護塗料を塗布して鏡は製造されるが、廃棄時には銀や銅の分離が難しく、産業廃棄物になる。リサイクルの実現と原料の国内調達による安定のため、銀と銅の分離技術を研究している。
 同社は技術力をさらに磨く一方、ガラスを設置する目的や施設の特徴などに応じて最適な製品を提案する力も高めた。また、2019年に初の自社ブランド製品「DUAL」を世に送り出すなど新分野にも進出。挑戦的な姿勢が評価され、東京商工会議所の「勇気ある経営大賞優秀賞」や世界発信コンペティションの「東京都ベンチャー技術特別賞」など多くの賞を受けている。

拡大から「価値の提供」に方針転換

 今でこそ順調な西尾硝子鏡工業所だが、リーマン・ショック後には売り上げが激減し危機に陥った。このとき西尾氏は、経営方針を大きく変えたという。
「経営を引き継いだ後、私は『父の代より会社を大きくしなければ』と焦り、セミナーに通ったり経営書を読みあさったりしました。ところが経営が傾きかけたとき、私は有効な手が打てなかったのです。本などから得たつもりだった知識が、実は上っ面でしか理解できていなかったと分かり、私は愕然としました。そして腹立ち紛れに、本などが入っていた段ボール箱を床に叩きつけたところ、偶然開いた本に『会社は長く続けることが大切』と書かれているのを見つけ、はじめて腑に落ちたのです。それを機に、当社では経営規模の拡大ではなく、お客さまのご要望をいかに満たすかという付加価値を高める方向で製品作りやサービス向上を図るようになりました」(西尾氏)
 同社は納得のいく価値の提供を経営方針の一つに定め、対応やサービスにも満足いただけるよう努めている。

照明をつけると内部が見えない鏡のようになり、点灯するとガラスのように内部が見えるショーケースの「DUAL」

営業職を置かなくとも顧客開拓は可能

 現在の西尾硝子鏡工業所には、営業専門の社員が1人もいない。代わりに、事務員たちが「内勤型営業職」のような役割を果たしている。
「現代の製造業はサービス業です。お客さまが抱える課題に対し、知恵を絞って解決策を提案したり、期待以上の仕事をやり遂げたりしてサービスの質を高めれば、口コミで顧客は増えるというのが私たちの考えなのです。そこで活躍しているのが、当社の女性事務員です。彼女たちは先方とやり取りする際に、ちょっとしたひと言を添えて相手との関係性を深めます。そして何気ないやり取りから顧客の悩み事などをキャッチし、受注への糸口を見つけるのです」(西尾氏)
 同社のコミュニケーション方法は、意外にもアナログ的だ。FAXや納品書を送るとき、余白にちょっとした挨拶文を書き込む。また、「取材営業」と称して顧客企業を訪れ、直接、悩みを聞きとる。コロナ時代になってデジタルなやり取りが増えた今だからこそ、こうした手法が有効だというのが、西尾氏の意見だ。

納品書の空白部分にちょっとしたメッセージを書くなどの工夫で顧客との関係性を強めるのが、西尾硝子鏡工業所流だ

「経営人財NEXT20」は若手管理職育成に最適

 西尾硝子鏡工業所は、東京都中小企業振興公社が主催する次世代リーダー育成プログラム「経営人財NEXT20」や、人材・組織に関する取り組みを一貫サポートする「人材ナビゲータ派遣支援」など、多くのサービスを利用してきた。
「中でも役立ったのは『NEXT20』でした。当社からは比較的若手の管理職が参加したのですが、それまでは目先の仕事に追われて視野が狭かったのに、プログラムを受講したことで全社的な視点を得られたのです。現在はこのご時世なのでオンライン受講なのですが、いずれ対面で講座やワークショップが開かれると、受講生同士がつながったり互いに刺激し合ったりして、より学習効果が高まるのではと思います」(西尾氏)

利用事業:経営人財NEXT20

次世代のリーダー(経営人材)の育成を行い、企業のこれからの20年にわたる成長発展を支援する事業です。企業の成長戦略と人材育成方針に合わせた個別プログラムとコーディネータによる手厚い支援で経営人材として必要な力を伸ばします。
お問い合わせ 企業人材支援課 経営人財NEXT20担当
TEL 03-3251-7904
https://www.tokyo-kosha.or.jp/support/shien/keieijinzai/index.html

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