東京都中小企業振興公社

no.191

尽くすこころがもたらす長い信頼関係

慎征範氏は大阪芸術大学でインダストリアルデザインを学んだ後、大手生活用品メーカーの商品開発部や、銀行系システム開発会社などでキャリアを積んだ。「デザインは愛」がポリシーで、どんな人にも使いやすいサービスの開発を心がけている

クラウド型同時通訳には多くの利点がある

 ABELONの主力サービスは、クラウド型同時通訳サービスの「interpreteX(インタープリテックス)」だ。
 一般的な同時通訳サービスでは、国際会議などの会場に通訳者を配置し、専用の機材を使って参加者に音声を届ける。参加者が使う受信機は高価で管理も大変だし、機材の準備にはかなりの手間が必要だ。これに対し、interpreteXは会場と通訳者をテレビ会議でつなぎ、同時通訳された音声をインターネット経由で参加者のスマートフォンに届ける仕組みとなっている。
「高価な専用端末がいらないし機材セッティングの手間も少なくて済むため、interpreteXは一般の同時通訳サービスより安価です。また、通訳者が遠隔地に出向く必要がないため優秀な通訳者に依頼しやすいことや、やり取りされる音声がすべて暗号化されて安全性が高い点も長所でしょう。さらに、会議参加者にも余計な手間をかけさせません。二次元バーコードを読み取れば、スマホに標準搭載されているブラウザが自動的に立ち上がり、すぐに同時通訳された音声を聞くことができるのです」(代表取締役社長 慎征範氏)

パートナーの退職で精神的に落ち込む

 ABELONは2021年、都内中小企業が開発した革新的で将来性のある新製品・技術、サービスを表彰する「世界発信コンペティション」で、見事にサービス部門の大賞に輝いた。また、利用者の口コミ効果もあって引き合いは順調に増加中。現在は、1カ月に100~150程度の会議でinterpreteXが使われているという。
 しかし、これまでの道のりは決してなだらかなものではなかった。慎氏は2016年の創業以来何度か、会社をたたもうと考えたことがあったそうだ。
「危機は何度かありましたが、一番大変だったのは創業から数カ月後、私と一緒に会社を立ち上げたエンジニアが退職した時でした。パートナーだった開発担当者が去っただけでもつらかったのですが、彼はその後、同業他社の顧問になったのです。しばらく経ち、その企業が当社より優れたサービスをリリースしたときは、本当に落ち込みました」(慎氏)

interpreteXなら、育児や介護などで遠隔地に足を運べなかった同時通訳者も自宅で仕事をすることが可能だ

尽くす精神が長期的信頼関係をもたらす

 競合他社は、元パートナーがABELON在籍時代に作ったプログラムを使って新サービスを開発していた。慎氏は腹を立てたが、最終的には相手を許したという。
「私は子どもの頃からクリスチャンです。このときも聖書の『汝の敵を愛せ』という言葉を思い出し、自分自身の怒りを静めました。そうした途端、急にビジネスがうまく回るようになったのです」(慎氏)
 ビジネスでは「ギブアンドテイク」が大切だとよく言われるが、慎氏はこの言葉に違和感があるという。
「短期的な見返りを求めると、相手との長期的な信頼関係は築けません。まずは人のために尽くすことが大切だと思うのです。聖書には『受けるよりも与えるほうが幸いである』という言葉がありますが、私にはこちらの方がしっくりきます。与えた結果、確かに私の手からは無くなりますが、なぜか幸せを感じるのです」(慎氏)

特別なアプリをダウンロードする必要がない、音声がクリアで聞きやすいなど、会議参加者にとっても利点は大きい

公社マネージャーの支援は本当に貴重

 ABELONは、東京都中小企業振興公社の「事業可能性評価事業(ビジネスプラン評価・事業化支援)」を利用している。これは、新事業の展開を目指す中小企業の事業計画を各分野の専門家が総合的に評価し、事業化に向けて支援するものだ。
「マネージャーの方のご紹介を受けたことで『革新的サービスの事業化支援事業』の助成金を申し込むきっかけとなりましたし、『世界発信コンペティション』を勧めてくれたのもその方でした。一番驚いたのは、私が事業計画を練るのに悪戦苦闘していたとき、その方が売り上げや利益などの数字をパッとまとめてくれたことです。私は開発畑を歩いてきた人間で、お金の勘定が苦手だったので、本当に助かりました。マネージャーの方は当社の長所も短所もよく分かっていて、いつも的確な助言を与えてくれる恩人です。今後はもっと売り上げを伸ばして、たくさんの税金を納められるようになりたい。それが、マネージャーの方や公社に対するお返しだと思っています」(慎氏)

利用事業:事業可能性評価事業

各分野の専門家が個人・企業の新規事業計画を総合的に評価し、事業化に向けて支援する事業です。新たな事業計画についてアドバイス・評価を行い、成長性が高いと認められる事業計画に対しては、公社の各種メニューを活用して継続的な支援を行います。
お問い合わせ 経営戦略課
TEL 03-5822-7232
https://www.tokyo-kosha.or.jp/support/shien/hyoka/index.html

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