no.223
業界の枠組みを超えた発想で新たな三味線を生む

2人の弟子を指導しつつ、三絃司きくおかで三味線づくりを行う河野公昭氏(写真右)。「三味線は、皮の素材やなめし方、木材の質などで音が大きく変わります。その点、私たちは海外企業から材料を直接輸入していますから、楽器に最適な素材を選べるのが強みなのです」(河野氏)
他業界での経験がユニークな発想の源
現在の三味線業界では、そのほとんどが世襲とされる。一方、三絃司きくおかの代表である河野公昭氏は、大学卒業後に某メーカーで営業職を経験してから、弟子入りによって三味線職人となった経歴の持ち主だ。
「代々この業界にいる方々は、以前からのやり方、考え方にとらわれがちです。その点、他業界での経験を持つ私は、常識の枠組みを超えたアイデアを思いつきやすいのではないかと思います」(河野氏)
その象徴が、一般的な三味線の2/3ほどのサイズで作られた簡易版三味線の「小じゃみチントン」だ。手軽に三味線の音色が楽しめ、さまざまなメディアでも紹介されて話題を呼んだこの商品には、強くて破れにくい合成紙の「YUPO」が使われている。
「YUPOで出せる音は動物の皮には劣りますから、本物の三味線には使えません。ただ、YUPOには綺麗に印刷できるという利点があります。外国人旅行者用のお土産になる、日本らしい絵柄を印刷したミニ三味線を作ろうと考えたのが開発のきっかけでした」(河野氏)
ユーザーの裾野を拡大し日本文化の普及目指す
以前は多くの日本人が親しんでいた三味線だが、今では暮らしの中で見かける機会が少なくなった。それが、河野氏が海外市場への進出を強化している理由の1つである。一方で河野氏は、国内ユーザーの裾野拡大にも挑戦中だ。
「三絃司きくおかでは、三味線や小じゃみチントンをDIYしたり、手作りした楽器での演奏を習う教室を開いたりしています。また、アパレル企業や人気キャラクターとコラボした小じゃみチントンも数多く手掛けてきました。これらの試みは、三味線愛好者の裾野を広げるためです。三味線を見たことも聞いたこともなかった若者が、小じゃみチントンを入り口にして日本の伝統に触れる。あるいは、小じゃみチントンをお土産に買った外国人が、日本文化の奥深さに気付く。当社製品がそういう役割を果たせたら商売にはプラスですし、日本にも貢献できると思うのです」(河野氏)

「小じゃみチントン」は外国人旅行者などに受けている。好きな絵柄を印刷し、世界に1つしかない三味線を作れる点も人気だ

SHAMIDAMA(写真右上)や打宝音(写真左)、ヒーリングチャイムの「天神チャイム」(写真右下)といった斬新な製品を数多く開発している
古い業界・企業にこそ大きなチャンスが
河野氏は葛飾区認定の伝統工芸士で、東京マイスターも受賞している一流の職人。同時に、経営センスも兼ね備えている人物だ。三絃司きくおかを創業したきっかけには、そんな河野氏らしい発想があったようだ。
「40年ほど前、三味線用の木材や皮を輸入している業者はごく少数でした。そんな状況で新たな輸入ルートを確立すれば利益が得られると考えたのが、この業界を志したきっかけです。私はアジア各国に足を運び、材料の直接輸入に成功した結果、質の高い製品を安定して作れるようになりました」(河野氏)
全体で見れば縮小傾向にある三味線業界だが、河野氏は全く悲観していないと言う。
「私は三味線の世界を『面白い業界』だと考えています。規模縮小を逆から見れば、競合が少ないということ。それに、古さが残る業界ほど、新しい施策を打ち出すことで大きくかき回すことができるのです。古い業界、あるいは老舗企業だからこそ見つけられるチャンスが、きっとあるはずです」(河野氏)
「東京手仕事」参加で大きな刺激を得る
河野氏は、現代消費者に向けた新たな伝統工芸品を生み出すために公社が展開している「東京手仕事」プロジェクトに何度か参加。これまでに、音も楽しめるけん玉の「SHAMIDAMA」、タブレットなどを置いて音を豊かに響かせるホーンスピーカーの「打宝音(だほーん)」といったユニークな製品を開発してきた。
「デザイナーさんなどと協力して新製品を作る過程には、たくさんの刺激がありますね。それに、他にはないような特別な三味線を作ったり、いい音を出せる製品を生み出せたりしたときは単純に楽しい。これからもこうした機会を生かしながら、『三味線屋にしかできない仕事』をできればと考えています」(河野氏)
利用事業:「東京手仕事」プロジェクト
東京の伝統工芸品事業者とデザイナー等ビジネスパートナーとの連携による現代のライフスタイルに合った高品質でデザイン性の高い新商品開発とその販路開拓・海外展開等を支援します。
https://www.tokyo-kosha.or.jp/support/shien/dento/teshigoto/index.html
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城東支社 TEL:03-5648-6606