ヨーグルトで「がん患者のため」を目指す医師兼起業家

医師が立ち上げたヨーグルト製造会社

　神楽坂乳業は、医師の林和彦氏が2018年に創業したヨーグルト製造会社だ。主力製品の「神グルト」はメディアで何度も紹介され、大きな話題を呼んでいる。
　大学病院で要職を務めていた医師が、ヨーグルトを作る起業家へと転身。一見すると型破りなキャリアだが、林氏にとっては当然の成り行きだったという。
「私は中学時代に父をがんで亡くして医師を志し、がん専門医になってからは治療だけでなく、がんに関する啓発活動にも取り組みました。そのうち私は、がん患者の就労問題に気付いたのです。がんを患った人が治療開始までに会社を辞めてしまうことも多く、これは患者にも社会にも実によくないこと。私は厚生労働省の『がん対策推進企業アクション』という取り組みを通じて企業に働きかけましたが、なかなかよい結果は出せませんでした。それなら、自分が起業してがん患者を雇用し、がんになっても働けると社会にアピールしようと考えたのが、会社を作った動機だったのです」（林氏）

自宅で実験を重ね開発したヨーグルトを商品化

　林氏は以前から、ヨーグルトの研究をしていた。
「大学病院の副院長を務めていた頃、私は医療事故の対応を担当してストレスに苦しみました。それで重い便秘を患い、体重は10kg以上も減少。死ぬかもしれないと感じ、自らの腸内環境を改善するためにヨーグルトづくりを始めたのです」（林氏）
　林氏は自費で装置を買い込み、自宅の一室で実験を始めた。
最初は不味くて効果も出なかったが、医薬品会社が整腸剤に使う乳酸菌を採用して品質が向上。約2年間の開発期間を経て5種類の乳酸菌に糖化菌を加える配合にたどり着いた。効能の高いヨーグルトが完成し、知人に配ると味も素晴らしいと褒められた。
「そうした経緯があったので、ヨーグルトで創業する道を選びました。神楽坂の自宅で作ったヨーグルトなので、『神グルト』と命名。商品には自信がありましたが、最初の数年はなかなか売れませんでした。病院を辞めた際の退職金を全てつぎ込み、さらに、自宅を担保に入れて借金をするなど苦しい日々が続きましたね。それでも口コミで評判が広がり、支援者も増え、創業6年目にして単月黒字を達成しました」（林氏）

従業員が生き生きと働ける環境づくりを実践

　林氏が大病院のエリート医師として勤め続けていたら、借金などない安泰な人生を歩んでいたはずだ。だが、それは自分の生き方ではないと林氏は言い切る。
「私の人生のテーマはがんです。しかし医療の世界では、自分のやるべき事を全てやり尽くしたと感じていました。ですから、起業してがん患者を雇用する場を用意し、『がんでも働ける』と社会にアピールする道を選んだのは、私には自然な流れだったのです。
　こうした思いがあるため、会社の規模をやみくもに拡大し、莫大な利益を得ようとは思っていません。がん患者をはじめ、病気や介護、子育てなどの事情でつらい立場に置かれた人たちが生き生きと働くことができ、ちゃんと稼げる職場を作れたら、それで十分。そのためには商品を売るだけでなく、社会保険労務士などの力を借りながら、キャリア開発やジョブ型雇用などさまざまな仕組みも整えたいです」（林氏）

公社の支援により、事業拡大を目指す

　神楽坂乳業は2024年から、栃木県小山市に新設した工場で「神グルト」の生産を行っている。この新工場では、公社が機械設備などの導入を助成する「躍進的な事業推進のための設備投資支援事業」を利用した。
「新工場には最先端の設備を導入し、医療現場のような清潔環境も整えました。かなりの資金がかかりましたから、公社からの助成はありがたかったですね。安定的に商品を生産できるようになり、事業の基盤がより強くなりました」（林氏）

利用事業：躍進的な事業推進のための設備投資支援事業

「製品・サービスの質的向上」による競争力強化や「生産能力の拡大」のための生産性向上を進める際に必要となる機械設備等の導入経費の一部を助成します。
https://www.tokyo-kosha.or.jp/support/josei/setsubijosei/yakushin.html

お問い合わせ
設備支援課　TEL：03-3251-7884