事例集

●事例03

めっき加工における表面処理環境改善と技術継承
第1回東京シニアビジネスグランプリ 奨励賞
 
合同会社アイル・MTT
代表社員 山村 宏二さん

代表者インタビュー

事業内容と起業に至る経緯などをお話しください。
弊社は、めっき加工における作業者の健康や労働環境改善に貢献する表面処理薬剤や水処理薬剤などの開発・製造・販売を行っております。私は、大学卒業後に大手家電メーカーで半導体営業やテレビ開発に携わった後、金属の表面処理に用いる薬剤や精密ろ過機を製造・販売するメーカーに移籍しました。定年後も研究開発部特別顧問として在籍していましたが、そこでの仕事を通じて知ったのが「めっき加工が作業者の健康に及ぼす影響や排水管理の難しさ」という課題です。「この難題を解決したい」「人生最後の仕事では社会貢献をしたい」、そんな思いから起業することを決めました。
個人事業としてスタートしましたが、当初は競合する薬剤との差別化が困難で、事業の継続を断念することも考えました。でも、いっぽうで優れたコストパフォーマンスを持つ金属腐食防止技術の開発に成功し、これをきっかけに合同会社アイル・MTTを創業しました。
めっき加工の課題を詳しく教えてください。
めっき加工の処理作業では、クロムやシアン、亜鉛などの化学物質を扱うことから有害な微粒子(ミスト)が工場内に浮遊します。もちろん充分な換気を施し、作業員は化学防護服や防毒マスクなどを着用しています。また近年は、人体に悪影響のある6価クロムではなく自然界にも存在する3価クロムを積極的に使用するなど、作業員の安全には配慮されています。しかし、今でも化学防護服に防毒マスクで作業を行わなければならない職場なのです。この環境は、健康に悪影響を及ぼす有害ミストの発生を抑えなければ、抜本的な解決策にはなりません。
また、コストの問題もめっき工場の経営をひっ迫させています。めっき加工においては排水処理に関係する厳格な法的基準が定められており、この基準に則った排水処理を行うためには、排水処理装置を整備し、大量の排水処理剤を使用するなど膨大なコストがかかるのです。この他にも、めっき液の排水に含まれる金属が沈殿してできるスラッジ(汚泥)は、中小規模のめっき工場でも月に約4トンが排出されますので、産業廃棄物として処理しなければなりません。そのコストも加わります。
このように、めっき加工は自動車などのものづくりになくてはならない技術ではあるものの、作業員は危険と隣合わせ、工場は環境保護の基準をクリアするためのコストにも苦しんでいるわけです。弊社が開発した排水処理剤「PAX」は、作業環境と排水処理の問題を一挙に解決する製品なのです。
起業した頃を振り返って「あの時にこれをやっていたら」と思うことはありますか。
当初、営業先からプレゼンのチャンスをいただくと、独自技術を延々と解説してしまい、「当社の新製品を使うことによる顧客のメリット」をシンプルに伝えることができませんでした。もちろん結果は出ません。新技術に絶対の自信があるからこその失敗例です。 確かに弊社の開発した排水処理剤「PAX」の技術的な特徴は、「めっき排水に溶解している亜鉛やニッケルなどの陽イオンと、ホウ素やフッ素などの陰イオンを同時に排水処理が可能」ということにあります。でも、これはあくまで「技術屋」の視点から捉えた特徴なのです。顧客の事業にとっては、技術論や開発の経緯などまったく関係のない話で、重要なのは使うことによるメリット。つまり結果です。プレゼンの冒頭で削減できるコストの具体的な金額を提示しなければ話にならないわけです。これに気付くのに時間がかかってしまいました。コロナ禍も重なり経営的には厳しい状況が続きましたが、対面での営業活動を自粛していた時間を使い、これまでのセールストークを根本から見直し、営業用の資料も作り直しました。すると、徐々に受注を獲得できるようになっていったのです。
今後の事業プランを聞かせてください。
排水処理剤「PAX」が、第5回荒川区新製品・新技術大賞の優秀賞をいただいたことで、東京都鍍金工業組合の方に興味を持っていただき、事業はさらに好転していきました。今後は、近隣の東京都鍍金工業組合や埼玉県鍍金工業組合を足掛かりに、首都圏や全国鍍金工業組合連合会のめっき事業者にも営業活動の範囲を広げ、まずは安定した経営を実現します。
そして、次のステップとして、環境問題が日本よりも深刻な東南アジアに展開する計画も持っています。これからは事業展開の速度を上げて、創業時に掲げた「人生最後の仕事では社会貢献をしたい」という思いを実現していくつもりです。
東京シニアビジネスグランプリに応募したのはどのような動機からだったのですか。
東京シニアビジネスグランプリには、開発した新製品の認知度を上げるため、また実績がないことで得られていない信頼を獲得したいと考えて応募しました。ベンチャー企業にとって信頼の獲得は越えなければならない大きな壁だと思います。幸運にも奨励賞をいただいたことで、現在はプレゼンの際に信頼を得るための「武器」として使わせもらっています。また、他のファイナリストの皆さんが、コロナ禍の中でも知恵を絞って粘り強く事業に取り組んでいる姿に刺激を受けると共に勇気をもらえました。今では定期的に情報交換する仲になって互いに励ましあったりしています。
★シニア世代の方に創業のポイントなどを教えてください。
失敗を恐れず、一歩踏み出す勇気を持ちましょう。そして、焦らずに、他人任せにしないで、こつこつ自分の手で創業の準備を進めていけば良いのです。自分の手で事業計画書を仕上げていく作業は、創業に必要な知識を得るためにも重要なポイントだと思います。
そして創業した後は、提供する製品やサービスに自信を持って顧客に接してください。ひとりでも多くの顧客の信頼を獲得すると同時に、ひとりでも多くの協力者を得ることも大切だと思います。協力者とは直接的なステークホルダーに限らず、振興公社のコンサルタントや創業経験のある経営者も含まれると考えています。協力者からは客観的で冷静なアドバイスが得られます。
また、想定外のことが起きたら(絶対に起こります!)、柔軟に事業計画を見直し、創業時に思い描いたプランにこだわらず、変化する勇気を持つことも大切です。弊社の場合も、主力製品は創業時に想定したものではありません。当時はずいぶん悩みましたが、今となっては変化にチャレンジしてよかったと思っています。

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