中小企業人的資本経営支援事業 事例紹介
社員の「経営者目線」を目指して ~主体性を育む場づくりの継続~
FSX株式会社

<会社概要>
設立:1967年
所在地:東京都国立市泉1-12-3
資本金:5,000万円
従業員数:165名
事業紹介:
主に、おしぼりのレンタルサービス、周辺アイテムの商品開発・製造、資材販売を行う。その他にも、同社の商品やサービス、ノウハウを同業他社に提供するパートナー事業、ECサイト運営、衛生技術を応用したサイエンス事業、DX支援など、おしぼりを軸に様々な事業を展開し、産業全体をけん引している。
URL:https://www.fsx.co.jp/

専務取締役の秋葉勝氏、総務部 兼 社長室課長の淺井宏宣氏にお話を伺いました
FSX株式会社は、1967年におしぼりのレンタル事業を行う株式会社藤波タオルサービスとして創業された。従来の布のものに加え、使い切りのおしぼりの開発・製造・販売、業務用資材の提供など、顧客のニーズに合わせて事業を拡大してきた。現在では、単に手を拭くという用途にとどまらず、おしぼりが本来持つ「おもてなしの心」に目を向け、アロマの香り付き、抗ウイルス・抗菌などユニークなおしぼりから、周辺アイテムまで、付加価値のある商品開発にも力を入れている。2020年以降のコロナ禍において、主要な取引先である外食産業が打撃を受けたものの、同社は抗ウイルス・抗菌の特許技術「VB(ブイビー)」などを使用したおしぼりの独自商品・サービス展開が功を奏し、大きな損失は避けることができた。
このように、外から見れば順調に事業を拡大してきたように見えるが、実際には経営陣は大きな課題を抱えていたという。「当社は売上拡大を優先してきた会社で、人への投資はやりたくてもできなかった、というのが正直なところです。」秋葉専務は、価格競争の激しい市場で事業成長を先行させてきた当時の心境をこう語った。
転機となったのは、2020年のことだ。緊急事態宣言で飲食店の休業が相次ぐ中、レンタルおしぼりの売上自体も減少し、会社がこの先どうなるかという不安が社内に広がった。代表取締役の藤波克之氏は、「このような状況の中でも、会社を守り、雇用を守る。従業員は誰一人としてやめさせたりしない。」というメッセージを社内にいち早く発信し、次世代を見据えた人材育成に大きく舵を切った。

人事評価制度の見直しプロジェクト始動
同社が人材育成として、初めに向き合ったのは人事評価制度の見直しだった。事業の拡大に伴い、製造、営業、配送といった従来からあった部門の他に、マーケティング、ブランド、人事労務など新しい役割、組織ができていた同社。それにもかかわらず、人事評価は従来通り全社一律の基準で、社員の成長やモチベーション向上につながりにくかった。
そこで、人事制度見直しのプロジェクトが立ち上がり、淺井課長がプロジェクトリーダーを務めた。プロジェクトには経営陣と部門責任者全員が参加し、評価制度のみならず、会社の「新しいおもてなしの感動を創造し、世界中に笑顔を届ける」というミッションのもと、ビジョン、バリューという経営方針そのものを再定義することから始めた。背景にあったのは、経営陣と社員の意識の乖離に対する危機感だ。
評価制度を見直すことになった当初、藤波社長自ら当時の全10部門の責任者ひとりひとりに向けて、各部門の存在価値や、達成してほしい目標など、熱い思いを改めて文書にまとめた。責任者であれば当然理解してくれるとの予想に反し、彼らの反応は冷やかだった。「書いてあることは立派でも、自分たちがいる現場のことについてはわかっていない。」これまで経営陣から発信してきた思いや求める社員像は、部門責任者にすら伝わっていなかったのだ。「売上を伸ばして会社は大きくなりましたが、皆がそれぞれバラバラの思いで業務をこなしており、目標に対して共通したベクトルを持ち合わせていなかった。」と淺井課長は当時を振り返る。
始まりから壁に突き当たったこのプロジェクトを進めるために、場づくりを大切にした。否定は禁止、欠席も禁止。全員が同じ空間で学び、議論するために、1人でも欠席となれば、開催は延期した。始めたばかりの頃は「他愛もない冗談を言っても、シーンと場が静まり返っていました。」と苦笑する。しかし、そのような硬い空気も回を重ねるごとに変化していったという。「本人が言っちゃいけないなと思っていたことを、ポロっと言うと経営陣から『それいいね、やろう』と反応が返ってくる。そのようなことの繰り返しで、誰もが意見を出せる場、皆で議論ができる場となり、どんどん打ち解けていきました。」大切にしてきた場づくりが、実を結んだのだ。
最終的に話し合いは20回程、実質1年4か月にも及んだが、淺井課長は手応えを感じていた。「この取り組みを通して、よい人事評価制度ができ上がったことはもちろんのこと、会社と社員の距離、部門間の距離が近づき、効果的な社内風土のもとで新しい制度のスタートが切れました。」完成した人事評価制度は、今度は部門責任者から一般職へ、1on1ミーティングを通じて展開していった。

自ら課題に気づき、解決に導く人材を育てる
「上司の役目は、部下を成長させること。」役員として人材育成を統括する秋葉専務は語る。
新しい人事評価制度では、役職者には漏れなく、部下への指導、成長支援を目標に入れた。ただ、部門によって働き方や課題が異なるため、決まった育成方法があるわけではない。人によっては、どうしたらよいかわからないという声も出ていた。
そこで秋葉専務は、2023年からティーチング・コーチングを学ぶ場として、外部講師を招いた研修を企画。
初めに、商品の配送を担うCSサポート部から導入を始めたが、それには理由があった。業務上、朝から夜まで各々が担当する取引先を回ることから、上司と一般職が顔を合わせる機会が極めて少なく、コミュニケーションが希薄になりやすい。多くの社員が入社直後に配属される「入口」の部門でありながら、退職者が後を絶たず、会社として対策が急務だった。
従来のトップダウン型ではなく、「自らが課題を考え、それを解決していくことで成長ができる。それに気づく場にしたかった。」秋葉専務の狙い通り、開始から1年半を経て、変化が表れてきた。猛暑が続いた2024年の夏、部門から現場の暑さ対策に予算を活用させてほしいと提案があったのだ。会社の指示を待つのではなく、部門の中で考え、問題解決をしようと動いている。秋葉専務が研修の効果を実感した瞬間だった。
主体性のカギは任せることと支えること
社員の成長を後押しする場として、会社が主催する地域貢献や福利厚生のイベントもその一翼を担っている。
始まりは、地元国立市の米農家を支援する「東京お米サロン」への協賛だった。会社が田んぼのオーナーとなり、休耕田一反(300坪)を水田に戻し、米を収穫するまでの1年間の取り組みを、ゼロから立ち上げるというものだ。
以前なら、秋葉専務や淺井課長が推進役となり、他の社員はあくまでも参加者という立場となるが、「主催した経験が自分の血となり肉となる。皆にも体験してほしい。」淺井課長は、田植えイベントのリーダーに新入社員2名を抜擢。安心して取り組めるよう、部門責任者と自らが「後ろ盾」として支える体制も整えた。社員とその家族が参加する楽しいイベントの企画ということもあり、始めてみると、リーダーたちからは次々とアイデアが湧き出してきた。
結果、当日は大盛況。リーダーを務めた新入社員は、その後別の企画で今度は自らリーダーに立候補してくれた。また、仕事でも自分からコミュニケーションをとるようになるなど、主体性が増したという。「成長に大切なのは、任せること。自信が無い若手もいる中、待っていてもなかなか自分からは手を挙げてくれません。支える体制を整えたうえで、あえて声をかけて上手くいった事例だと思います。」と淺井課長は振り返った。
「経営者目線」を身に着けるための新たな取り組みを考案
2025年、同社は「4DAYS PROJECT(フォーデイズプロジェクト)」という取り組みを開始する予定だ。生産、配送を週6日から5日としたうえで、週のうち4日間は通常業務、残る1日をそれ以外、例えば他部門の業務体験や自己研鑽の場としてもらう。この独自の取り組みの背景には、秋葉専務の思いがあった。「会社のこと、他の部門のことを知らない社員が多いと感じています。生産、営業、配送など、それぞれの部門に大変さがあり、皆が一生懸命やっていることをまずは知ってほしい。」他にも、休日に開催してきたイベントを業務時間とすることでより多くの社員の参加を促し、人材育成やコミュニケーションの活性化につなげたいとの意図もある。
最終的に、社員には「経営者目線」を持って欲しいという秋葉専務。「もし、自分が子会社の社長に抜擢されたとして、売上をどう上げるか、利益をどう出すか、そのために社員にどう動いてもらうか、その目線まで求めていきたい。」目指す姿に向けて、同社独自の場づくりは続く。

取材協力:山田 美鈴
※本記事は、2024年11月時点の情報です。