中小企業人的資本経営支援事業 事例紹介
次世代リーダーを軸に、チャレンジし続ける組織へ
東京反訳株式会社
<会社概要>
設立:2006年
所在地:東京都豊島区南池袋3-13-15 東伸ビル4F
資本金:1,000万円
従業員数:50名
事業紹介:
音声データをテキスト化する文字起こしサービスが主力事業で、そこから派生して、翻訳、動画字幕作成なども手掛ける。ISO27001(ISMS)認証を受けており、東京本社には特に機密性の高いデータを扱うためのセキュリティルームを備える。企業のみならず教育機関や、行政などからの依頼も多い。
URL:https://8089.co.jp/profile
代表取締役社長の田邊英司氏にお話を伺いました
Web制作会社を創業した先代社長(現会長)が、顧客からカセットテープの文字起こしを頼まれたことをきっかけに、2006年文字起こし専門業者としてスタートした。以後、東京に加えて大阪にもオフィスを開設し、文字起こし以外のさまざまなサービスも拡充させて付加価値を高め、着実に業務内容を拡大し、業界トップクラスの規模となった。
これまでに受注した累積依頼件数は21万件以上、登録顧客数は3万近くに上り、上場企業の約25%が、同社との取引があるという。しかも、顧客の多くはリピーターとなっている。現在の社員数は50名、業務委託契約を結んでいる外部委託者は約750名を数える。
リーダーの育成とチャレンジ意欲の喚起
成長と組織拡大により、リーダー人材の不足という新たな課題が浮上した。提供サービスの種類が広がり、社員や外部委託者が増えれば、自ずと部門やチームの数も増えていく。当然、それらの部門を管理するマネジメント人材、あるいは、新たにチームをまとめるリーダー人材が必要となる。しかし、特にここ5、6年は、組織の拡大に対してリーダー人材の不足が顕著となった。
さらには、AIの普及などを視野に入れて将来を見据えたとき、文字起こし業務の周辺領域で相乗効果や追加契約が見込める新サービス、新事業を継続的に開拓し続けることも、同社の重要な課題となってきた。
しかし、従来行なってきたビジネスモデル自体に、新規サービスや新事業を積極的に生み出そうという人材を輩出しにくい面があるという。
「業務上、大量のデータを迅速に、かつミスなく正確に処理することが要求されます。弊社の社員は長年そのトレーニングを受けてきているが故に、逆に、新しい領域へのチャレンジには消極的になりがちです。」(神林取締役)
また、多くの顧客がリピーターとなるため、目先は受注が途切れる心配がないことも、新領域への挑戦意欲を削ぐ要素になる。
そこで数年前から、これまで培ってきた文化の良い面は承継しつつ、さらなる発展に向けて、人材面の改革にも取り組んできた。
良好な人間関係は業務品質を向上させる
2024年に、創業者が会長となり、田邊社長が代表取締役社長に就任して2人代表制となった。これも将来を見据えた人事改革の一端だ。
以前から、社内運営において良好な人間関係や心理的安全性を重視してきた。
良好な人間関係を維持するには、コミュニケーションしやすい環境を整えることが大切だ。そのために、以前から任意参加ではあるが、会社主催の飲み会などのイベントも定期的に開催しており、多くの社員が参加している。社長になってからは、講師を招いてブラインドサッカーを体験するイベントも開催し、大変盛り上がったという。特に若手社員はそういったイベントをきっかけにして、仕事への取り組み態度が変わってくることもあるという。
また、毎日の朝礼と昼礼で、全員が持ち回りでスピーチをしているが、これも相互理解促進の基礎となっている。
そこでは、「グッドニュース」の発表も採り入れている。グッドニュースとは、社員が顧客から褒められたり、感謝の言葉をもらったりしたとき、それを全員に伝えて共有するものだ。さらに、受託サービス業である同社では、顧客から感謝され貢献を実感できることが、社員の最大のモチベーションとなる。グッドニュースの公表で、褒められた本人はもちろん、社内全体のモチベーションの向上に効果があるという。グッドニュースは社内チャットでも共有されている。
こういった取り組みによる効果は、定量的に計測することはできないものの、確実に成長に寄与している。
「人間関係が良ければ、まず人が定着するようになります。また、リスクがあったときに情報が上がってきやすくなります。さらに、社員間でノウハウが共有されて全体のスキルが向上します。これらのすべてが業務品質向上に結びついていきます。」(田邊社長)
スクール参加をキッカケに新サービスを実現
良好な人間関係、心理的安全性を重視した同社の文化は、成長の礎になったと考えられるが、近年の課題となってきたリーダー人材の育成や、新規事業開発に対しては直接的な課題解決とはならない。
その解決のヒントを求めて、2019年に田邊社長は、公社の「新サービス創出スクール」に参加した。
そして、講師の知見やアドバイスのみならず、SWOT分析など経営の基本セオリーをしっかり学ぶことや、他社の参加者との交流で人脈や視野が広がることなどが、新サービスの創出だけではなく、視野を広く持ったリーダー人材の育成においても非常に有効だと実感する。そこで翌年以降、同スクールに2回、さらに公社の経営人材育成スクール「経営人財NEXT20」に1回、計8名社員を参加させた。
「新サービス創出スクール」では、3つのビジネスモデルを構想し、サービス化につなげた。コロナ禍でニーズが高まった「セキュリティ文字起こしプラン」は、企業秘密や個人情報が完全に守られるため好評だ。「AI学習用文字起こしサービス」、視聴者が表示・非表示を選べる「動画字幕サービス(クローズドキャプション)」などが検討された。
これらのサービスはいずれも、スクール参加以前から、検討されたこともあったが、スクール参加を通じて内容を見直し、ブラッシュアップされた形でサービスメニュー化が実現した。
そして、いずれのサービスも、その後売上が伸長し、収益に貢献している。当時の担当社員は、スクールによりイノベーションを起こす変革を身につけられたことで、その後、役員や部長になるなど、リーダーとしても活躍している。
求める人材像の変化と採用戦略
求める人材像に合わせて、採用の戦略も変化させてきた。以前は、どちらかといえば、人間関係が良く残業が少ないなど働きやすい職場であること、あるいは、文字を扱う仕事に就きたいことなどを応募理由にあげる応募者が多かった。
しかし現在の求める人材像は、積極的に自分から前に出てチームを導いたり、顧客の課題を解決するために新しいサービスを築いたりできる人であり、そんなメンバーを増やすことだ。
「私たちの仕事は、自分たちから提案営業をしなくても、お客様が『こんなことはできない?』と課題を投げてくれることが多い希有な業種です。目の前にチャンスがいくらでも転がっています。」(野上部長)
そういった点に魅力を感じて、積極的に応募してくれる人を増やしたい。
そこで、顧客の課題を解決することのやりがいなども含めて、仕事の内容がよくわかるように社員インタビュー記事を掲載したり、面接後に会食をしたりすることで、現在の同社が求める人材像を的確に伝えるようにしてきた。
また、面接でも、マネジメント経験までは求めなくとも、これまで業務を主導するような役割を果たしてきたかをチェックポイントにしている。
その結果、ここ数年で採用された社員から少しずつリーダー候補となれる人が増えてきたという。
人事評価と教育制度の連動で人材力を高める
採用活動を通じてリーダー候補となる人材が増えてきたため、彼らの力を引き出すために次の一手として構想しているのが、人事評価制度の見直しである。
「私は、人間関係の重視は、弊社のもっとも優れている点だと考えており、これからも変えるつもりはありません。一方で新しいタイプの社員が増え、多様な人材を抱えながら良好な人間関係や社内融和を維持していくためには、誰もが納得できる人事評価制度や、それに紐付いた教育制度などの整備が必要であり、今後はその課題に取り組んでいきます。」(田邊社長)
良好な人間関係だからこそ生まれる文化を大切に継承し、さまざまに変化する人材課題を乗り越えながら、新たなビジネスに積極的に取り組む姿勢が社長の言葉から真摯に伝わる。社員にも伝わっているからこそ、田邊社長のリーダーシップが発揮され、さらなる進化へとつながっていく。
取材協力:椎原よしき
※本記事は、2024年8月時点の情報です。