中小企業人的資本経営支援事業 事例紹介
判断に迷わない中小企業はなぜ強いのか~イノベーションを生む組織づくり~
株式会社吉村
<会社概要>
- 設立:1954年
- 所在地:東京都品川区戸越4-7-15
- 資本金:9,100万円
- 従業員数:242名
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事業紹介:
昭和7年に紙茶袋の製造工場として創業。2代目の時代に軟包装事業へと転換、日本茶を中心とした食品包装資材の企画、製造、販売を行うメーカーへと成長した。現在は品川の本社を拠点に、静岡、京都など全国6拠点で営業展開。主力の日本茶パッケージに加え、近年はデジタル印刷の軟包装分野でニッチトップのシェアを獲得している。グラビア印刷からラミネート加工、製袋加工まで一貫生産体制を持ち、茶雑貨の企画開発にも注力。「日本茶で日本を元気に」を合言葉に、お茶を淹れる暮らしの伝承に取り組んでいる。 -
URL:https://www.yoshimura-pack.co.jp/
代表取締役会長の橋本久美子氏にお話を伺いました
株式会社吉村は、創業93年の歴史を持つパッケージメーカーだ。創業者の孫にあたる橋本会長が社長に就任したのは20年前。それまで10年間専業主婦であったところを経営陣に指名したのは、父である2代目社長だった。
当時、ペットボトルのお茶の台頭により「急須で淹れるお茶」の習慣が衰退し、年商は最盛期の53億円から45億円まで減少。このままでは、業績は減る一方である状況が目に見えていた中で3代目社長に就任。専業主婦として過ごした10年間で身につけた「消費者目線」が、会社の業績低迷を救うことになった。
ES(従業員満足度)調査から始まった組織改革
同社が初めてES(従業員満足度)調査を実施した際、想像を超える厳しい結果だった。
「この結果をなかったことにしたら、会社も終わる」そう覚悟を決めた橋本会長は、調査結果をありのまま公開した。しかし、ただ現状を伝えるだけでは何も変わらない。そんな悩んでいる時に参加した中小企業家同友会でのワークショップで強い衝撃を受けた。
このワークショップは、1個のオレンジをAさんとBさんで分けるにはどうしたら良いか、お互いの意見を言う取り組みだ。橋本会長は「ジュースにするのが一番平等」と答えたが、他の参加者からは「種を植えて木を育て、鈴なりになったオレンジを分ける」「ケーキを焼いて売り、オレンジを2つ買う」といった、みんなで力を合わせて原資を増やすという発想が出た。その発想に衝撃を受け、これこそ自分が目指す経営だと気づかされた。
この経験から橋本会長は、一人ひとりの社員が自律的に動き、イノベーションを生む組織づくりを進めていくことになる。
PDCAの「P」から社員を巻き込む〜経営計画書は入社10年目の社員が取りまとめ
橋本会長は「作業と仕事は違う」と断言する。PDCAのPから巻き込めば仕事になり、Dだけ下ろしたら作業になって指示待ちになってしまうという。「外側から文句だけ言う評論家ではなく、当事者になることが大事」と、会社全体のことを考える機会を入社後早い段階からつくることを重視している。
特に10年目社員が編集を担当する経営計画書は、電話帳のような厚さのフルカラー冊子だ。経営理念から事業計画、業務フロー、部署ごとの役割まで、「これがないと仕事が回らない」というほどの情報が詰まっている。
さらに同社では、この経営計画書で、全社員の得意・不得意を可視化している。隠さず共有することで、お互いが補い合い、「相思相愛」で成果に向かう関係性ができていく。「長所と短所は裏表。かっこつけずに自己開示し合える関係だから、意思決定もPDCAも早い」と橋本会長は語る。同社は現在200名を超える組織になっているが、この冊子があることで、どんな社員がいるのか見渡すことができるという。
利益の見える化で、全社員に「稼ぐ意識」を育てる
同社では経常利益の25%を全社員に均等還元し、財務諸表はすべて公開している。税理士との月次決算の報告会も動画配信し、誰でも視聴できるようにしている。それを見た社員が「もし赤字になったら、給料を会社に還元する必要がありますか?」と聞いてくるほど、利益を自分事として捉える文化が根付いている。
さらに、社員が会社の数字を自分事として理解できるようになったもう1つの取り組みが、独自の「植田方程式」だ。発案者の社員名を冠したこの方程式は、発生した損失を補填するために必要な売上金額を逆算するもの。
例えば、印刷ミスで15万円の損失が出た場合、その利益を補填するにはその何倍もの売上が必要になる。「植田方程式で売上の相当金額を出すことで、損失の大きさを実感し、社員が売上と利益の関係も理解できるようになりました」と橋本会長は語る。
この取り組みによって、社員の意識は大きく変わった。間接部門のメンバーたちも、コスト削減効果を売上換算できるようになり、「稼ぐのは営業だけじゃない。自分たちも利益を生み出す」という動きにつながったという。
人ではなく理念についてこい!〜キャラクターにも理念制定~
同社が現在の経営理念をつくったのは2015年。東日本大震災後、静岡茶にセシウムが検出されたという風評被害で売上が激減し、社内には「売れるなら何でもいい」という空気が漂っていた。何のためにこの仕事をしているかが揺らいでいたことが理念づくりの出発点だったと、橋本会長は振り返る。
ある社員は「経営理念はガードレールみたいなものですね」と表現したという。役職者や社長に判断を仰がなくても、経営理念に沿っていること、そして「社会性」「科学性」「人間性」の3つの観点がいずれも揃っていれば、実行できると同社では判断している。企業の進む道がはずれないような「ガードレール」が、経営理念なのだ。
同社の理念経営は、思わぬところにも広がっている。その1つが、オリジナルキャラクター「みたらしちゃん」だ。もともとは「若いお客さんにお茶屋さんへ足を運んでほしい」という思いで制作したキャラクターだったが、ある日、コーヒー店から「うちのキャラクターにしたい」と依頼が来た。売上アップにつながると営業社員は喜んだものの、キャラクターを企画した社員は「当初の目的から外れてしまう」と違和感を覚えたという。
そこでみたらしちゃんにも「日本茶に無関心だった人を振り向かせ、日本茶への第一歩を踏み出させるキャラクター」という理念がつくられた。このエピソードは、同社で理念がどれほど「判断の基準」として機能しているかを象徴している。
社員一人ひとりを生かし、大企業にできないゼロイチを生む
橋本会長が繰り返し社員に伝える話題に、絵本『スイミー』の話がある。小さな黒い魚のスイミーはただ1匹だけ体が黒いが、他の赤い魚たちと集まって1匹の大きな魚となる。スイミーだけが黒いという「個性」が、「大きな魚の目」という重要な役割を果たすという物語だ。
「私はスイミーみたいに、一人ひとりが個性を生かして、自分の泳ぎ方で進めばいいと思っているんです。時には群れからはみ出してもいい。『このやり方のほうが面白いんじゃない?』と言える人が集まる会社にこそ、大企業にできないゼロイチのイノベーションが生まれます」と語る。
しかし、一人ひとりが好き勝手に泳いでしまったら、会社という船は嵐を進めず、海底に沈んでしまう。そこで理念を羅針盤にしながら、一人ひとりが自由に泳ぎ、互いに補い合いながら前に進む。スイミーの群れの姿こそ、同社、そして中小企業が目指すべき組織づくりのあり方だと橋本会長は力を込めて語った。
理念を活かすことで広がる組織の可能性
中小企業には、多様な人材が集まり、大企業にはできないようなイノベーションを生み出すことに、これからの役割がある。その組織づくりを象徴するのが、理念を「掲げるもの」から「使い倒すもの」へと変えた同社の取り組みだ。理念が多様な社員の成長を後押しし、部門を超えた協働や現場の仕事の質も高めてきた。理念を軸にしながら前進する姿勢は、変化に強い中小企業の組織づくりのためのヒントを与えてくれている。
取材協力:米澤 智子(ワンパーパス株式会社)
※本記事は、2025年11月時点の情報です。