
日・タイ協創による日系企業の逆襲なるか ~躍動するタイEV産業~
タイ 2024.3.10
タイ政府は2023年11月、初のEV政策委員会(NEVPC)を開催し、同年末に失効するEV普及策「EV3.0」の後継策である「EV3.5」を承認しました(期限︓2024~2027年)。EV乗用車やEVピックアップトラック、電動バイクなどを対象にモデルやバッテリー容量ごとに補助金を拠出するほか、物品税の減税、輸入関税の引き下げを行う政策です。
タイのEV販売は着実に伸びており、2023年のEV乗用車の登録台数は75,690台に上りました。前年の1万台弱から急増し、乗用車登録全体の12%を占めています(タイ運輸省陸運局統計)。タイは2017年以降、EV産業に614億バーツ(約2,600億円)の投資を誘致しており、誘致策にはBEV(バッテリー式電気自動車)生産プロジェクト、電動バイク・バッテリーの主要部品生産、EV充電ステーションの設置などが含まれています。
2024年のタイのEV販売台数は2023年比25%増の85,000台(総車両販売台数の10%)と予測。EV3.5を2024年初めに導入した場合には、47%増の10万台に伸長すると見込んでいます。
今後、更なる発展が見込まれるタイEV産業における「日タイ企業の協業関係の構築」を目指し、都公社タイ事務所は2024年2月、「日タイEVスタートアップピッチ2024 ~ Innovation for EV ~」と題し、日タイのEV関連要素技術を有するスタートアップ企業︓計8社によるピッチイベントを開催しました。

EV技術開発・生産など、ビジネスプロセスにおける日タイ企業の協業関係構築を目的に開催。

1.躍動するタイEV産業と政府による支援施策
タイ政府は、2030年までに自動車総生産台数に占めるEV比率を30%に引き上げる目標「30/30政策」を掲げています。
その背景には、EVの利用と生産を促進し、タイをASEAN地域のEV生産ハブに押し上げ、将来的にタイを低炭素社会に導く計画があります。2023年12月にはEV3.5政策に準じ、2024~25年にEVの輸入関税引き下げ措置と、政府認定の小型低公害車「エコカー」第1弾の物品税率14%の据え置きを継続することを承認し、EV3.5向けに税制を整えました。
タイ自動車業界はEV3.5に前向きな反応を示しています。タイ投資委員会(BOI)のナリット長官は「EV3.5は、EV生産ハブとしてのタイの地位をさらに強固なものにすると確信している。新たな施策の導入により、タイでの生産拠点設立を目指す新たな投資家を誘致し、既存の起業家にもEV産業への移行を促すことが期待される。」とコメントしています。
またタイ政府は、電池サプライチェーン構築のための支援も計画しています。(1) EV電池に対する物品税の引き下げ、(2) EV電池の国内生産に対する補助総額240億THBの確保の計画があり、EVのタイ国内電池セル生産促進のためのインセンティブスキームを推し進めています。これらの背景もあり、2023年のEV乗用車登録台数は、2022年の1万台弱から急増し全体の12%を占めるに至っています。一方、タイEV産業発展の背景には、HEV(ハイブリッド自動車)車と同等の価格帯を打ち出す中国勢の存在があります。
2.攻勢強める中国勢と揺らぐ日本勢の牙城
中国系のEV車登録総数は63,000台を超え、シェアは合計で83.9%に達しました。比亜迪(BYD)の100万THB前後のスポーツタイプ多目的車(SUV)をはじめ、「NETA」などの中国勢がHV車と同等の価格帯でEVモデルを次々打ち出し、2023年のEV市場を席巻しました。広汽埃安新能源汽車(AION)や重慶長安汽車も昨年9月以降、同価格帯のEV・SUVを市場投入しています。BYDの小型車「ドルフィン」(69万9,999THB)などの100万THBを大きく下回る低価格モデルも高い人気があります。テクノロジー重視で新しいもの好きな若年層の間でEVシフトが進んだことや、ランニングコストがガソリン代比で約3分の1以下となることが影響し、中国EVの裾野の広がりに繋がっています。
生産拠点についても長安汽車が2023年11月、タイ東部ラヨーン県で完成車工場を着工しました。年産10万台の工場は2025年1月頃に稼働を開始する予定となっています。陸続きであるタイの立地条件を活かし、中国から輸出する部品を使ってノックダウン生産しながら、それ以上の台数の完成車を輸出する狙いが窺えます。
日本のメーカーが構築してきたタイ自動車産業の牙城は徐々に崩されており、かつては9割を握っていた2023年の日本大手9社シェアは計77.8%に低下しています(トヨタ自動車タイ集計)。一方、5%程度だった中国系のシェアは約11%に達しており、セター首相は2023年12月、「日本は出遅れている。EVに移行しなければ取り残される」と述べるなど、消極的な日本勢への不安と期待を示しました。

3.日・タイEVスタートアップへの期待と可能性
BYD・長安汽車など中国勢の工場新設が相次ぐ中、EV普及ならではの課題に向き合い、新たな技術・ソリューションで逆襲を狙う日系スタートアップに期待がかかっています。EV販売の持続的な成長に向けては、長距離移動や熱耐性への対応、バッテリー寿命の延伸などが課題とされています。購入から5年程の期間が過ぎるとバッテリー交換のメンテナンスコストが高騰し、リセールバリューの低さが露呈することになります。また、EVの充電インフラについても充電器の修理やアフターサポート体制が未だ不十分な状況となっており、「機能性」「品質」の面において日本企業の特性を活かした活路が残されています。
タイ自動車産業における日系企業の逆襲に向け、これらタイEV産業の発展に向けた課題の整理と、課題解決に資する日系スタートアップ企業の可能性を把握するとともに、タイ企業が独自に推し進める新たなEVソリューションとの相互補完可能性を探ることが重要となります。
そこで都公社では2024年2月、「日タイEVスタートアップピッチ2024」と題し、タイ政府機関(タイ工業省、タイ国立エネルギー技術研究所、タイ国家イベーション庁)と連携し、日系企業に対しタイEV振興戦略や技術開発の現状、支援施策を含めた今後の展望について紹介しました。
また、日・タイEVスタートアップ企業計8社によるピッチ会・交流会を開催し、製品開発、生産・販売などのビジネスプロセスにおける協業関係の構築に向けたネットワーキングを行いました。イベントは募集定員180名のところ計298名の申込を受けるなどイベント前から大きな反響があり(当日参加人数︓238名)、タイEV産業動向と日・タイスタートアップ企業との連携可能性を探る一大イベントとなりました。
充電/位置情報アプリケーションと連携したEV充電インフラ「TerraCharge」を提供するTerra Charge (Thailand)は、先行するタイEV充電インフラの課題を綿密に分析し、設置からメンテナンス、アフターサービスまでの高品質なサービスを提供することで後発ながら数多くのプロジェクトを完工しています。
同社取締役MDの鈴木氏は、「我々の目標は“グローバルメガベンチャー”になること。EVチャージのワンストッププロバイダーとして2024年夏頃までに1,000基の設置を目指し、日本初の参入企業として日本を代表するベンチャーになる」とPRしました。

EV充電インフラ「Terra Charge」︓高品質なメンテナンス・アフターサービスをPR
バッテリーの長寿命化・信頼性向上に寄与する革新的セパレータ技術「X-SEPA」を提供する noco-noco Pte ltd.は、同セパレータ技術のEV電池開発に資する耐熱特性をPRしました。イベント後段のネットワーキング(交流会)では、今後のタイにおけるバッテリー搭載可能性に関する活発な議論が繰り広げられ、日・日間、日・タイ企業間の協業によるタイEV産業への新たなサービス展開に明るい兆しを見出す機会となりました。

革新的セパレータ技術「X-SEPA」︓バッテリーの長寿命化・信頼性向上に資する技術をPR

Electric Wheel Chair︓タイ企業代表として障害者向けEV車椅子をPR
4.おわりに
タイ自動車産業における日本企業のプレゼンス維持に向け、タイEV業界動向の情報発信やビジネスマッチング支援を継続すべく、都公社タイ事務所は引き続き関係各省庁等との連携を図るとともに、今回のイベントで生まれた日系スタートアップのEV関連事業の拡大を後押ししていきます。
日本企業のタイ進出や、タイにおけるパートナー探索など、ビジネスマッチング等の支援を希望の際は、都公社タイ事務所までご連絡ください。
【執筆】(公財)東京都中小企業振興公社 タイ事務所(Tokyo SME Support Center Thailand Branch Office)澤根 祐
<ASEAN通信からの転載記事>