タイにおける都市の防災対策に向けた日・タイ間の技術導入と協創
タイ 2026.1.12
タイでは2025年3月の地震発生により多くの建物が損壊する被害が発生しました。また、同年11月にはタイ南部で深刻な水害が発生するなど都市の防災対策という課題が浮き彫りとなりました。そこでTokyoSMEタイ事務所が同年9月に開催した地震課題解決に向けた「都市の強靭化耐震技術セミナー」の内容を改めて振り返り、レポートします。
1.セミナー開催概要
2025年3月28日、タイの隣国ミャンマーのマンダレー近郊で発生したマグニチュード7.7の大地震は、タイの首都バンコクに、地震に対する構造的な脆弱性という現実を突きつけた。本セミナーでは、地震工学に造詣の深いアジア工科大学院(AIT)のペンヌン・ワーニッチャイ教授にご講演をいただきました。
見過ごされてきたバンコクの「震源」
タイは、地理的には地震の多発地帯から離れているため、長らく地震リスクが低いと見なされてきました。しかし、バンコクとその周辺県は、決定的な地質学的弱点を抱えています。それは、深さ900メートル以上にも達する広大で深い地盤盆地の上に都市が築かれていることです。この地盤盆地が抱える問題は、数十万キロ離れた場所で発生した巨大地震の揺れを増幅させてしまう点にあります。具体的には、ミャンマーのサガイン断層(M8級)や、アラカン沈み込み帯(M8.5~9級)といった震源から伝播する「長周期地震動」が、この軟弱な地盤によって強く増幅されてしまうことです。
高層ビルを襲う「共振」の脅威
この長周期地震動の影響が、都市の象徴である高層ビル群に集中します。高層ビルはその構造上、固有周期が長く、地盤が増幅させる長周期の揺れとビルの周期が一致すると、「共振」と呼ばれる現象が発生します。共振が発生すると、建物は予想外に強く、長時間揺さぶられることになり、構造体に大きな負荷がかかります。教授は、カンチャナブリでのM7.0-7.5の地震など、複数のシナリオがバンコクの高層ビルに深刻な脅威をもたらすことを警告しています。
そして、この懸念は2025年のマンダレー地震で現実となりました。バンコクでは、建設中の建物が1棟全壊し、約100人の作業員が死亡または行方不明となる悲劇が発生。さらに、構造的な損傷を受けた建物が10棟以上、タイル壁などの非構造部材に損傷が生じた建物は数百棟にのぼり、遠隔地地震に対する都市の脆弱性が明確になりました。
規制の強化と未来の構造へ
タイでは耐震対策として、2007年の省令改正において、バンコクを含む5県が、地盤の軟弱性と遠方地震の影響を考慮した「区域1」に指定されたことに伴い、「耐震設計義務化」が課されました。さらに2019年には、新しい地盤特性に基づく設計スペクトルを盛り込んだ国家標準DPT1301/1302-61が発効し、さらに規制が強化されています。
構造工学的な対策として、鉄筋コンクリート造(RC造)でありながら、ポディウムや非対称な壁配置など不規則な形状を持つ典型的なタイの高層ビルの課題を克服することが求められています。特に、脆性的な破壊を防ぎ、地震エネルギーを吸収できる「延性のある構造壁」を設計の基本とすることが強調されています。
また、建物の揺れを積極的に抑制する流体粘性ダンパー(FVD)や、建物の健全性をリアルタイムで監視する構造健全性モニタリング(SHM)システム(チェンライにある病院での導入事例あり)といった先端技術の活用が進められているものの、あくまでも限定的です。
マンダレー地震により、皮肉にも都市の安全性を高めるための持続的な取り組みの機運が高まっています。
2-1.地震から身を守るために取り組むタイ企業
(1)CPAC SB&M Lifetime Solution
CPAC SB&M Lifetime Solutionは、タイのCPACと日本のショーボンド/三井物産の合弁企業で、東南アジアのインフラ維持管理を担います。提供サービスは、構造診断、補修、補強、構造保護です。具体的には、エポキシ樹脂等を用いたひび割れ補修、剥離や腐食部分の断面補修(パッチング/ グラウト工法)、HBシートや特殊コーティングによるコンクリート構造物の保護を行います。また、地震や風による揺れを吸収する粘性ダンパーなどの制振システムも提供し、構造物の長寿命化に貢献します。
(2)AIT Solutions
AIT Solutionsは、アジア工科大学院(AIT)の技術専門知識を産業界に提供するコンサルティング部門です。主なサービスは、構造性能評価(200以上の高層ビル実績)、既存建物の評価・補強設計、風洞実験です。特に、地震発生時の建物の安全性を迅速(10~15分)に評価する構造ヘルスモニタリング(SHM)に注力しています。また、高地震地域向けに、性能に基づく耐震設計と粘弾性ダンパー(VCD)や座屈拘束ブレース(BRB/UBB)といった高性能なエネルギー散逸装置の適用を推進しています 。
2-2.地震から身を守るために取り組む日本企業
(1)株式会社Aster
株式会社A s t e r が提供するA s t e r Power CoatingRは、地震に脆弱な組積造構造を補強するガラス繊維強化水性塗料です。組積造は世界人口の60%が利用する構造ですが、地震時には急速に倒壊する危険性があります。本製品は、特別な技能不要で普通の塗装ローラーやこてで塗布可能です。実物大の壁実験では、阪神・淡路大震災級の揺れに対しても損傷を最小限に抑えることが検証されました。フィリピンの学校では、塗布2ヶ月後のM6.3の地震でも損傷なし。台湾では高価な炭素繊維シート(CFRP)工法と比較し、費用は約5分の1で済み、地震時に重要な柔軟性(延性的な破壊モード)を提供します。壁の耐震補強やコンクリートのひび割れ防止に活用されています。
(2)東洋オートメーション株式会社
東洋オートメーション株式会社は、製造業の自動化とサイクルタイム短縮を目的とした自動化機器・ロボット技術企業です。製品は、リニアアクチュエータ、サーボシリンダー、デスクトップロボットなどの高精度なリニアムーブメント機器が中心です。これらは、医療、食品、自動車など幅広い製造プロセスに適用されています。特に、同社の重要なソリューションとして、地震センサーを提供しています。このセンサーはP波とS波を検知し、エレベーターを緊急停止させたり、ガスバルブを閉じたりすることで、地震時の二次災害を効果的に防止します。企業理念として「需要の発見」と「自発的な変革」を掲げ、製品の進化を追求しています。
3.おわりに
本セミナー実施後にはネットワーキングイベントを実施し、登壇企業4社には多くの方に足を運んでいただきました。
タイの地震課題解決に取り組む日本企業の技術導入に向け、Tokyo SMEはタイ関係機関とのさらなる連携を図りニーズ情報を収集するとともに、今回のイベントで生まれた新たな連携を引き続き支援し、日・タイ間の協創を後押ししていきます。
日本企業のタイ進出や、タイにおけるパートナー探索など、ビジネスマッチング等の支援を希望の際は、都公社タイ事務所までお気軽にご連絡ください。
【執筆】(公財)東京都中小企業振興公社 タイ事務所(Tokyo SME Support Center Thailand Branch Office)
<ASEAN通信からの転載記事>