VOL.1 イベントリポート
知財を武器に世界を目指す起業家を後押し
「スタートアップ知的財産支援事業」
(右)シクロ・ハイジア代表取締役CEO、「スタートアップ知的財産支援事業」事業統括コーディネーター 小林誠氏
東京都中小企業振興公社が運営する東京都知的財産総合センターは、都内中小企業の知的財産戦略をサポートする様々なプログラムを実施している。2月5日には都内で、「スタートアップ知的財産支援事業」2022年度採択のスタートアップと、専門家を登壇者として招いてイベントを開催した。登壇者のコメントを通じ、同事業の概要や活用術、スタートアップの企業価値を高める知財戦略などを紹介する。
「スタートアップ知的財産支援事業」紹介
「伴走支援」と「資金援助」
東京都知的財産総合センターは、中小企業の皆さんが抱える様々な課題に対応するため、「知財相談」「知財活用支援」「助成金」「普及啓発」「知財戦略導入支援」をはじめ主に8つのカテゴリーで支援を展開しています。それぞれの事業フェーズに応じたきめ細やかなプログラムを用意しています。
その一つ「スタートアップ知的財産支援事業」の目的は、単に特許を取得することではなく、「知財を武器に世界で戦う」革新的な企業を創出することです。事業計画と深く連動した知財戦略を早期に策定・実行し、競合に対する圧倒的な市場優位性を確立することを目指します。戦略策定から権利化、事業展開、資金調達までをワンストップでサポートする非常に手厚い内容です。
プログラムの大きな特徴は、「伴走支援」と「資金援助」の2本柱で構成されている点です。「伴走支援」では、採択された企業の事業内容や課題を詳細にヒアリングした上で、ビジネス、知財の各分野の専門家、例えば弁理士、技術士、中小企業診断士、ビジネスコンサルタントなどを適宜アサインし支援チームを編成します。この専門家チームが、約3年間にわたり無料で企業の成長に寄り添い、事業戦略と知財戦略を一体で推進するための徹底的なサポートを提供します。
「資金援助」は、伴走支援に採択された企業だけが申請可能な助成金制度です。知財戦略の実現に不可欠な研究開発、国内外への特許・商標等の出願、先行調査、試作品製作などに要する経費に対し、最大で1500万円(助成率1/2)を助成します。資金調達が課題になりがちなスタートアップでも、臆することなく事業を加速させることが可能です。
知財戦略が事業を加速させる
私たちが一番伝えたいメッセージは、知財戦略が事業を加速させるということです。知財は、単に自社の技術を守るための「盾」ではありません。事業の方向性を定め、模倣品を排除して市場での競合優位性を築きます。加えて、企業の技術力を客観的に示すことで資金調達や大手企業とのアライアンス(連携)を有利に進めるための強力な「武器」になり得るのです。既に、目覚ましい成長を遂げたスタートアップも誕生しています。
東京都知的財産総合センター「スタートアップ知的財産支援事業」では今後も、革新的なアイデアと世界を目指す熱意を持ったスタートアップの皆さんの応募を心よりお待ちしています。皆さんの挑戦を全力で支えます。
基調講演「スタートアップの企業価値を高める知財戦略」
事業貢献から経営貢献へ役割広げる知財
ビジネス環境は時代とともに変化し、課題は複雑で厄介なものへと変わりました。令和の現在、サステナビリティーや経済安全保障といった相反する課題に対応するため、知財は事業貢献から経営貢献へと役割を広げています。知財を経営に生かす「IPランドスケープ」や「知財・無形資産ガバナンス」といった経営に近い活用が重要になっています。社会課題が山積する現代は「正解のない世界」です。スタートアップには、自ら答えをつくり、世界を変えていく気概が求められます。
企業価値は、将来性への「期待値」、事業から生み出される「現金」、事業計画の蓋然性に対する「信用」、競争優位の「継続性」という4つの要素から構成され、全てに知財が深く関わっています。
特にスタートアップの場合、財務諸表に表れる有形資産は限られますが、企業価値の大部分は、特許、ノウハウ、ブランドといった貸借対照表に載らない「オフバランス資産(無形資産)」が占めています。これらは競争優位の源泉であり、事業計画の達成確度や将来への期待を高める重要な経営資源です。
特許出願か秘匿か、判断は専門家と協議
知財戦略の基本は、発明を「特許出願」すべきか、「ノウハウ」として秘匿すべきかの判断です。基準は、①他者の侵害を発見できるか②競合も同様の発明を開発する可能性が高いかの2点です。両方がYESなら特許出願が有効ですが、そうでなければノウハウとして秘匿する戦略も重要です。この判断は難しいため、専門家との協議を推奨します。
権利取得と並び「契約」も重要です。事業化プロセスにおけるNDA(秘密保持契約)や共同研究契約などを個別の「点」ではなく、事業化に向けた一連の「線」として捉えるべきです。特に大企業や大学との契約では、スタートアップに不利な条件を提示されがちです。防ぐには、自社の知財や強みを事前に棚卸し、対策を講じておく事前の準備が不可欠です。
知財と契約を組み合わせた「オープン&クローズ戦略」も意識すべきです。自社のコア技術を「クローズ領域」として保護しつつ、市場拡大のために協調すべき技術は「オープン領域」として他者に使ってもらうなど、事業戦略に応じて知財の活用法を切り分けることで、競争優位を確立できます。
「企業価値担保権」で広がる資金調達の道
資金調達でも知財は重要です。投資家は、企業側が考える以上にIT(情報技術)、R&D(研究開発)、人材といった無形資産への投資を重視しています。また、今年5月に始まる「企業価値担保権」制度は、事業の実態や将来性に着目し、無形資産を含む事業全体を担保として融資を行う新しい仕組みで、知財を生かした資金調達の道が広がります。IPO(新規株式公開)の審査やVC(ベンチャーキャピタル)からの資金調達でも、知財を含む無形資産は競争力の源泉として評価されます。
事業フェーズが進むほど知財リスクは増大するため、早期の対策が不可欠です。主な課題は、①経営戦略と連動した「目的意識」の明確化②短期的な資金調達と中長期的な知財戦略の「時間軸」のズレの管理③知財担当者がいない中での「人と組織」の体制構築の3点です。経営層の知財リテラシー向上や、外部アドバイザーの活用が有効です。
知財のメリットは、事業を「守る」だけではありません。①自社の強みを「見える化」し②ステークホルダーに「伝え」③他者と「つなげ」④新規事業を「つくる」という積極的な活用が重要です。これらは最終的に企業価値向上につながります。権利を取得するだけでなく、公開されている知財情報を「ビッグデータ」として活用し、競合分析や研究開発に役立てることも重要な知財活動です。あらゆるスタートアップにとって、知財は未来を切り開く強力な武器です。ぜひ知財を経営課題の一つとして捉え、ビジネスに生かしてください。
パネルディスカッション 支援事業の活用事例
大企業と渡り合うための武器
小林 なぜ、スタートアップに知財戦略が必要だと考えますか。
多田 Piezo Sonic(ピエゾソニック、東京・大田)は独自の超音波モーターとそれを応用した搬送用自律移動ロボット(AMR)を開発しています。創業当初から特許取得を重視しており、海外取引では特に特許の有無が信頼性に直結します。28年間の研究開発という事実だけでは客観的な証明にならず、「特許はありますか」との問いに即答できることが、歴史ある大企業と渡り合うための武器になると考えています。
諸橋 SyntheticGestalt(シンセティックゲシュタルト、東京・新宿)は化学・バイオ領域のAI(人工知能)を開発しており、我々も無形資産を扱うため創業時から知財を意識していました。技術革新が速いAI分野では、知財確保が生命線です。しかし、当初は専門知識もなく担当者もおらず、重要性を認識しつつも具体的な進め方が分からない状態でした。
小林 「スタートアップ知的財産支援事業」に応募した目的、支援の感想などを教えてください。
多田 初期の特許取得後、開発に追われて新たな出願が滞っていました。外部専門家の関与で、社内全体のプロセスを見直すきっかけになると考え応募しました。出願支援だけでなく毎月の定例会で「お尻をたたかれる」良い機会だったと感じています。
諸橋 社内に専門家がおらず知財の議論がありませんでしたが、本事業がそのきっかけになりました。特に、AIの設計を検証する実験費用の支援は、エビデンスに基づく知財創出に不可欠で大きな助けとなりました。
専門家の指摘を「セカンドオピニオン」に
小林 具体的な支援内容を教えてください。
諸橋 AIが設計した化合物は、実験による有効性検証が必須です。多額の費用がかかるラボ実験を知財確立に必要な要素として支援いただけたことで、実験結果に基づく特許出願が可能になりました。
多田 実験に欠かせない特別注文の真空チャンバー製作など、通常の補助金では難しい設備整備を支援いただき、背中を押してもらいました。多忙な時期のスケジュール調整など柔軟な伴走支援に加え、専門家からは客観的なセカンドオピニオンとして、権利範囲を広げるための有効な指摘も得られました。
具体的アドバイスで将来のリスク回避
小林 社内の知財に対する意識に変化はありましたか。
諸橋 定例会に私以外のメンバーも参加することで、社内で自然と知財の議論が増え、組織全体の意識が向上しました。支援対象外の案件でも新たな知財の議論が生まれるようになりました。
多田 スタッフが主体的に開発に関わるようになりました。特注の真空チャンバーを使いこなし、データの意味や見せ方まで考えるように意識が変化しました。展示会で自社の取り組みを誇りを持って語れるようになったのは大きな成果です。
小林 知財戦略を実践した成功事例があれば、可能な範囲でお聞かせください。
多田 大手企業との共同開発では、知財が重要な「防波堤」となります。公開済みの特許とノウハウを明確に線引きし、毅然とした態度で交渉することで、技術流出を防ぎ対等な関係を築けました。
諸橋 知財が絡む複雑な契約条項について、具体的なアドバイスで将来のリスクを回避できたのは大きな収穫でした。我々だけでは気づけない視点でした。3年間の伴走支援は新たな化合物構造の発見にもつながり、今後の事業展開に大きく貢献する成果となりました。
小林 ピエゾソニックとシンセティックゲシュタルトが、3年間の支援を通じて事業を大きく前進させると同時に、強固な知財基盤を構築されたことは、事業統括コーディネーターとして大変うれしく思います。今後のさらなる飛躍を期待しています。
著作・制作:日本経済新聞社(2026年日経電子版広告特集)
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